親が毒になるとき

  • 2017.10.01 Sunday
  • 20:57

 

イソップ寓話に、「旅のディオゲネス」という話がある。
これを私なりに変えてみた。
川に大水が出て渡れなくなってディオゲネスが困っていた。
すると、男たちの一人が彼を肩に乗せて親切にも向こう岸へ渡してやった。
ディオゲネスは貧乏でお返しをすることができないのを嘆いていた。
ずっと考えていると、男はまた困っていると思い、ディオゲネスを肩に乗せて岸を渡してやる。
ディオゲネスは「分別のない病気だとわかったので感謝しない」と男に言う。

笑い話に仕立ててみたが、私は親の言動を見てこれに近いことがどこにでもあるのではないかと思う。
子どもが自らの力で困難を脱した、もしくは脱しようとしても、親は旧来の価値観で引き戻そうとする。
私の母は「人に騙されないように」とことごとく言ってきた。
それは心配してのことであり、悪気はないのだが、その考え方が自らの狭い、けして豊かとは言えない境遇を作り出してしまったことに気づいていない。
正しくは人に騙されないようにではなく、人を見る目を養うことだろう。
警戒するよりしっかり世界に自らを開いて見ること。
ちなみに「私、男運ないのよねえ」という女性も同じ。男運が悪いのではなく、見る目がないだけの話。しかしそれを認めれば自分の非につながるのでそうはしない。

「ひと月1万円でもコツコツ貯めるように」という節約の教えもあったが、生活保護を受け続けてどん底の貧乏であった人の教えが何の役に立つというのだろう。
節約という発想は豊かさにはつながらない。
贅沢をせよということではなく、ポイントカードを集めてみたり、スーパーの何十円安いという広告を目を皿のようにして見ていたりすれば、視野がどんどん狭くなっていく。
第一はお金ではなく、自由であるはず。
そうであるなら、節約節約ということで心の自由度を失ってしまっては身も蓋もない。

毒親という言葉が聞かれるようになった。
親は自らの固定観念で子どもの自由を奪おうとしていないか、よく自省すべきだろう。
思考は現実化するという自己啓発本によく出てくる表現だが、これに関してはまったく正しい。
今の環境は自分のあり方、考え方が作ったものである。
環境は育った環境に影響されるのはやむを得ないところではある。
金持ちの子は金持ちの親を見ているからその考え方を受け継ぎ、貧しい子は貧しい親を見るからそのほかの選択肢があるとは思いもよらない。
そこは子が自ら環境の洗脳を解いていくしかないのだが、親はそれを見ると不快になってくる。自分の理解しがたいところへ子どもが行ってしまうようでなんとか引き戻そうとする。心配しているのだからこのアドバイスを聞きなさい、と。

ディオゲネスを背負う男になっていないか、親はもちろん、教育者、経営者、政治家など、権威ある者は十分に気をつけておくべきだろう。
また、自ら自由を得ようとする者は、思慮のない渡し守に背負われないようにしなくてはならない。

 

JUGEMテーマ:思想・啓発・哲学

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